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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)2446号 判決

控訴人

京浜倉庫株式会社

右代表者

大津正二

右訴訟代理人

松尾翼

小杉丈夫

簑原建次

古谷明一

辰野守彦

三好啓信

被控訴人

京浜外貿埠頭公団訴訟承継人

財団法人横浜港埠頭公社

右代表者理事

飯泉安一

右訴訟代理人

土屋鉄蔵

吉原歓吉

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  被控訴人の当審においてした請求の減縮により、原判決主文第一項は次のとおり変更された。

「控訴人は被控訴人に対し、金一億三四三〇万〇四五三円及び内金七六八三万三三三三円に対する昭和五三年三月二五日以降完済まで日歩五銭の割合による金員を支払え。」

三  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。右取消し部分につき被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求め、当審において請求の趣旨を金一億三四三〇万〇四五三円及び内金七六八三万三三三三円に対する昭和五三年三月二五日以降完済まで日歩五銭の割合による金員の支払請求に減縮した。

当事者双方の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次に付加し、改めるほか原判決記載のとおり(ただし、〈訂正、読み替え〉省略)であるからこれを引用する。なお、略称については、特記するもののほか、事実、理由を通じて、原判決の表示するところによる。

一  被控訴代理人の陳述

1  本件の旧被控訴人(第一審原告)公団は、「外貿埠頭公団の解散及び業務の承継に関する法律」(昭和五六年法律第二八号)一条及び昭和五六年政令第三一九号の定めるところにより昭和五七年三月三一日解散し、同法二条及び昭和五六年政令第三二〇号一条の規定により、被控訴人(財団法人横浜埠頭公社)が公団の横浜港における外貿埠頭を構成する施設に係る契約等に基づく権利義務を承継した。

2  公団が昭和四七年一〇月二一日控訴人から交付を受けた手付金六六七万円は、昭和五一年一一月二七日公団がした予約完結の意思表示により本件賃貸借契約が成立した結果、本件予約契約第六条の特約に基づき当然に敷金の一部に充当された。敷金は、公団と控訴人との間に成立した本件賃貸借契約において、賃貸借が終了した場合には、控訴人の公団に対する債務の弁済に充当した上残額を返済する旨の約定が存するから、控訴人の未払賃料六四〇二万二三三三円の一部に右敷金全部を充当すると、未払賃料の残額は五七三五万二三三三円となる。

よつて、被控訴人は控訴人に対し、右賃料の残額五七三五万二三三三円、未払火災保険料負担金一一万四七八七円、約定違約金七六八三万三三三三円の合計一億三四三〇万〇四五三円と、右違約金七六八三万三三三三円に対する昭和五三年三月二五日以降完済まで約定の日歩五銭の割合による損害金の支払を求めることとし、従前の請求を右のように減縮する。

3  控訴人の後記主張に対する認否

(一)  控訴人の陳述2の主張は、争う。

(二)  同3の主張は、本件予約契約全体の趣旨を正しく理解しないものである。本件のように、賃貸人となるべき公団が、巨費を投じて工事を完成し、しかも、賃借人となるべき控訴人の申出によつて設計変更をして施工した場合においても、控訴人側で僅かの手付金を放棄することにより予約契約関係から離脱し得る趣旨で本件手付の授受が行われたものと解するのは、誤つた解釈である。

(三)  同4の陳述(抗弁)(一)、(二)の主張は争う。

(四)  同4(三)の事実のうち、控訴人主張の日時ころ、その主張の者が公団の高林理事長及び山添理事に対し、本件予約契約関係から離脱したい趣旨を述べた事実は認めるが、その余は否認する。公団側としては、単に申入れを聞きおくといつたまでで、離脱について異議を止めない承諾をしたことはない。

二  控訴代理人の陳述

1  被控訴人の前記1の主張事実は認める。

2  原判決事実摘示中、請求原因5(一)の主張に対する控訴人の認否(主張)を次のとおり補う。

「法三四条、同法施行令六条は、要するに、「貸付料額は、運輸大臣の承認の下に公団が定める」旨を規定しているにすぎないのであつて、右定めがあることをもつて、貸付料が予約契約成立時において確定していた(あるいは、確定し得るものとなつていた)とは到底認め難い。

右貸付料の額が、行政手続における聴聞などにより借主や公正な第三者の意見を徴した上で定められるものでなく、貸主によつて一方的に定められるものであることに照らすと、これに営利法人たる民間企業である借主が従わざるを得ないとすれば、著しく不公平な結果を生ずる。同法の下においては、貸主と借主とが対等の関係を有するものであり、本件予約契約第四条は、正にこのような同法の精神に基づき、借主に対し、貸主の提示する貸付料その他契約内容を最終的に受け入れて本契約を締結するか否かを決する機会を与え、また状況に応じ、貸主との協議により、貸主側の条件を修正変更し、又は新しい条項を追加する機会を与えたものと解すべきである。」

3  原判決事実摘示中、抗弁及び被告の主張1の主張を次のとおり補う。

「本件予約契約第四条は、本契約は当事者の協議により締結される旨を定めており、本契約締結に当たり、当事者の本契約関係からの離脱、合意による内容の修正、追加がなされることが予定されているものである。したがつて、本件手付の性格についても、本件予約契約第四条の右趣旨と関連させて考えるべきであり、借主が、貸主との協議が調わず、本契約成立に至らない場合に、手付が没収されるという不利益の下に契約から離脱できる(解約手付としての性格)趣旨のものと解するのが相当であり、単なる証約手付と解すべきものではない。

民法上、手付は、解約手付であることが推定されており、当事者間でこれと反対の合意がない限り、これと異る認定は許されないところ、本件予約契約においては、そのような合意は存在しないばかりでなく、右主張のとおり、かえつて解約手付と解すべき事情が存在する。」

4  抗弁として次の主張を付加する。

(一)  権利の濫用

控訴人の本件予約契約離脱の意思表示は、いわゆるオイルショックを主原因とする経営悪化という、民間会社として、やむを得ない理由によるものであり、(実際、借受三社の協定書は、構成員の脱退の場合を予定している。)、借用開始前に充分な余裕をもつてなされている。公団もそのような控訴人の事情は充分に承知していたのであり、被控訴人が離脱しても、それを合理的に埋め合わせる方法はいくらでも存在したのである(現実に、訴外上組及び同山九運輸の二社(以下「訴外二社」という)は、本件岸壁等を引続き使用し、利益を挙げている)。

しかるに、公団は、これを認めず、不完全で借受人に不親切な本件予約契約に依拠して、公団が有していると主張する予約完結権を行使し、控訴人が本件岸壁等を使用する意図及び可能性がまつたくないことを知りながら、無理やり賃料支払義務と違約金条項が発生する本契約を一旦成立させ、その後にあらためて本契約を解除し、控訴人に未払賃料及び違約金を支払わせる状況を作り出している。このような予約完結権の行使は、仮に、公団に予約完結権があつたとしても、著しく正義に反し、権利の濫用であることは明らかであるし、約定の違約金に加えて未払賃料を請求することは、権利の濫用に当たるか、信義誠実の原則に反する。

(二)  控訴人及び訴外二社の三者は、昭和四七年一〇月二一日本件岸壁等の共同運営について協定を成立させ(以下「三者間協定」という)、同協定において、「一社が離脱するときは、残る協定者に権利を譲渡するものとし、残る協定者は共同して譲渡を受ける義務がある」旨合意しており、控訴人は、右協定に基づき、昭和五一年八月二四日訴外二社に対し、正当に離脱の通知と持分買取請求の意思表示をしたので、控訴人の公団に対する本件予約契約上の権利義務は、訴外二社に譲渡され、控訴人は本件予約契約関係から離脱した。

なお、本件予約契約においては、「予約契約に基づく権利義務を借受人相互間で譲渡又は譲受しようとするときは、あらかじめ文書により公団の承認を受けなければならない」旨規定されているが、公団は、控訴人及び訴外二社に対し、三者間協定を記載した協定書の提出を求め、異議を述べることなくこれを受領したのであるから、これによつて、控訴人及び訴外二社と公団の間で、「控訴人及び訴外二社の間で、三者間協定に基づいて本件予約契約上の権利義務が譲渡されたときは、公団は、右譲渡を承認しなければならない」旨の合意が成立したものというべきであり、その結果、本件予約契約に基づく権利義務を借受人間で譲渡しようとするときは、あらかじめ文書により公団の承認を要する旨定めた本件予約契約上の前記定めは変更されたものと解すべきである。

仮に、右合意の成立が認められないとしても、譲渡につき被控訴人の文書による承認を要するとした右規定は、当初の共同借受人以外の者へ譲渡されると、賃貸借当事者の信頼関係を破壊し、賃貸人に不利益を与えるおそれがあるので、賃貸人の承認なしになされた場合を解除の原因とする趣旨であつて、本件のように、共同借受人のうちの一社が、持分を他の共同借受人に譲渡する場合を含むものではない(最判昭和二九年一〇月七日民集八巻一〇号一八一六頁参照)。

まして、前記のとおり、公団が借受人から協定書を徴求し、持分譲渡の可能性を是認している場合に、公団は譲渡の承認を拒否することはできない。

(三)  昭和五一年五月六日、控訴人の専務取締役榎本正巳は同横浜支店長杉山滋及び同港湾部長西川高正を同道して公団の理事長室に高林理事長を訪問した。右理事長室において榎本は控訴人を代表して、高林理事長および山添鍈一理事に対し、「控訴人が、かねて公団との間で締結していた本件予約契約について、とても本契約に進む可能性がないのでこの契約関係から脱退させて欲しい」と述べ、高林理事長らは、脱退の理由について説明を求めた。これに対し、右榎本は、いわゆるオイルショック以来横浜港における貿易取扱量が停滞し、むしろ減少していること、本件岸壁等の建設も遅滞し進展しないこと、将来損失を生ずる危険のあるところへの設備投資に対しては、控訴人の大口株主、大口債権者から反対されることが明らかであること、本件予約契約は、私法上の契約であるから、当事者の一方である控訴人の経営の基礎に影響を生ずるような場合には、予約契約の関係から脱退しなければならないところ、本件予約契約には、控訴人のほかに訴外二社が加わつているので、以後は、訴外二社と本契約を締結して貰いたいこと、控訴人にとつては、経営の健全化を図るため、やむを得ない措置であることなどの説明をし、これに対し、高林理事長及び山添理事は、「なるほど、京浜倉庫のおつしやることは良くわかりました。」などと答えた。

以上のとおりであつて、控訴人が公団に対し本件予約契約関係から脱退する旨を申し入れ、公団が異議を止めず右申入れを承諾したことにより、控訴人は、本件予約契約関係から離脱するに至つたものである。

三  証拠の提出、援用及び認否

〈省略〉

理由

一当裁判所は、被控訴人の本訴請求(ただし、後記のとおり一部減縮された)は理由があり、控訴人の控訴は理由がないものと判断するが、その理由は、次のとおり訂正し、付加するほかは、原判決理由説示(原判決一九枚目表一行目から同三〇枚目表一行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

二判断の訂正、付加

1  原判決二五枚目裏一行目及び同二八枚目表四行目の「原、被告間」をそれぞれ「公団と控訴人間」に、同二八枚目表四行目から五行目にかけて及び八行目の「原告主張」を「被控訴人主張」に、同二九枚目裏四行目の「原告」を「被控訴人」に改め、以上に掲げるものを除き原判決理由中「原告」とあるのは、すべて「公団」に改める。

2  原判決一九枚目表二行目「1、2の事実」の次に「及び当審における被控訴人の主張1の事実」を加え、同二一枚目裏五行目から六行目にかけて「営業報告書へ貸借対照表」とあるのを「営業報告書(貸借対照表)」と訂正し、同二七枚目中、裏四行目から五行目にかけての「、効力を発生する停止条件付賃貸借契約であり」を「当該貸付開始日以降効力を発生する」に、裏五行目の「賃貸借」を「始期付賃貸借」に改め、同二八枚目表八行目の「原、被告の協議」から一〇行目の「解すべきである」までを「公団と賃借人の協議とは、前判示のとおり、岸壁等の建設費用の増減により貸付料予定額の変更が予定されていたところから、このような場合における具体的な貸付料額の決定(一般的算定基準について、法及び同施行令に定めがあることは前判示のとおり)、賃貸借契約において定められるべき附随的事項の決定などの協議を意味するものと解するのが相当である」に改める。

3  原判決二四枚目裏七行目のの次に行を改めて次の判断を付加する。

「〈証拠〉によると、本件予約契約においては、岸壁等及び関連施設の工事施行に当たり、三社が公団の定めた期限までに、岩壁等の種別、配置、数量、規模、構造等又は関連施設の数量、規模、構造等について変更を申し出た場合において、当該申出に係る施設が公団の定める岸壁等又は関連施設に関する基準の範囲内にあり、かつ、当該変更が岸壁等又は関連施設の建設に関する計画に照らし支障がないと認めたときは、これを変更することができるものと定められており、三社は、三社が共同して本件岸壁等を使用することを前提として、本件岸壁等における上屋の設計について、これを二階建とし、公団が設計していた上屋の約二倍の規模とし、三社が区分して使用するに適するよう設計変更を申し入れ、右申し入れに従つて工事が進められたことが認められるのであつて、このように、予約契約の段階において、特定の契約者との間で賃貸借契約が成立することを前提として、当該契約者の希望によりその使用に適するように設計を変更して施設等が構築され、仮に当該契約者が右施設を賃借しないことになつたときは、他に賃貸するため更に施設の構造を変更する必要があり、その変更工事に多額の費用を要するような場合(現に本件では、施設の完成後控訴人がその利用を拒否したため、公団は施設の構造を変更する工事を施工し、その工事に五〇〇〇万円以上の費用を要した。)には、その費用に見合うような高額の手付金が交付された場合であればともかく、少なくとも手付金の額が前認定のような程度にとどまるものである限り、右手付金をもつて解約権を留保する趣旨で交付されたものと解するのは相当でない。」

4  原判決二九枚目中、表一〇行目から一一行目にかけての「求め得るけれども」から裏三行目までを「求め得ることは当然である。なお、被控訴人の当審においてした請求の減縮により、原審における請求中、未払貸付料、未払敷金及び火災保険料負担金に対する各遅延損害金の支払を求める部分は当審の審判の範囲に属さなくなつたので、右部分の請求の当否については判断すべき限りでない。」に改め、裏五行目の「金六四〇二万二三三三円」を「金五七三五万二三三三円(昭和五二年一月一日から同年一〇月三一日までの貸付料金六四〇二万二三三三円から本件予約契約第六条の定めるところにより賃貸借契約成立と同時に敷金の一部に充当された手付金六六七万円を控除した残額)」に、裏八行目から九行目にかけての「金一億四〇九七万〇四五三円」を「金一億三四三〇万〇四五三円」に改める。

5  当審における控訴人の抗弁(一)(権利の濫用)についての判断

控訴人が、本件契約関係からの離脱を申し出るに至つた事情が控訴人主張のとおりであり、公団においてこれを知つていたとしても、そのような事情をもつて、公団が控訴人の申出に応ぜず予約完結権を行使したことが、権利の濫用に当たるということはできない。

〈証拠〉によると、控訴人から公団に対し、本件予約契約関係から離脱したい旨の申出があつたのに対し、公団から訴外二社に対しその意向を問い合わせたところ、訴外二社からは、三社によつて使用することを前提として本件岸壁等の施設を設計してあるため、控訴人が離脱して、訴外二社のみで使用することは、施設の規模が大きすぎることと、使用に不便であるとの理由でこれに応じられない旨の回答があり、その後本契約成立の段階に至つても、控訴人は本契約の成立を争い本契約の契約書に押印することを拒み、訴外二社は、控訴人を含む三社で使用すべきものとして、当初予定された区分に応じて使用を開始するに至つたこと、そこで、公団はやむを得ず、訴外二社に対し、各三分の一を使用しているものとしてその使用料を請求し、受領していたこと、控訴人との関係を解決したいと考えた公団は、訴外二社と交渉を続けた結果、昭和五二年一〇月ころに至り、訴外二社から、公団において、本件岸壁等のうち、三社で使用するよう設計されている上屋の構造、設備を、訴外二社で使用できるように公団の費用負担により改造するのであれば、控訴人を除き訴外二社で使用することに応じてもよい旨の意向が示されるに至つたため、公団もこれを受け容れることにし、同月二四日到達の書面をもつて、控訴人に対し、本件岸壁等の賃貸借契約を同月三一日限り解除する旨の意思表示をするに至つたこと、公団は、訴外二社の意向に従つて、本件岸壁等の上屋を改造し、その費用として五〇〇〇万円以上を要したことの各事実が認められるのであつて、公団の予約完結権の行使により成立した本件賃貸借契約の始期(貸付開始日)から、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示がなされるまでの期間が一〇箇月程度であること、契約解除の意思表示がなされるまでの経緯が右判示のとおりであることに照らすと、控訴人が、本件予約契約関係から離脱したい旨の意思を明らかにしていたにかかわらず、公団が本契約を成立せしめ、これが解除されるまでの期間に対する賃料のほかに、解除による違約損害金を請求することをもつて、権利の濫用ないしは信義誠実の原則に反するというのは当たらないというべきである。

6  同抗弁(二)(権利譲渡による契約関係からの離脱)についての判断

〈証拠〉によると、控訴人と訴外二社の間で、昭和四七年一〇月一日三社間協定が成立し、同協定において、「三社のうち、同協定より離脱するのやむなきに至つた場合は、残る協定者に権利を譲渡するものとし、他に譲渡してはならない。残る協定者は共同して、その譲渡を受ける義務があり、譲渡価格及び条件等については、三社協議の上決定する。」旨合意されていること、控訴人は、昭和五一年八月二四日付けの書面をもつて、そのころ訴外二社に対し、右協定に基づいて本件予約契約上の権利を訴外二社に譲渡する旨の意思表示をし、そのころ公団に対し、控訴人が訴外二社に対し右譲渡の意思表示をした旨通知したことの各事実が認められる。しかしながら〈証拠〉によると、本件予約契約及び本件賃貸借契約のいずれにおいても、賃借人である三社は、契約上の権利(賃借権)を第三者に譲渡してはならないこと、契約上の権利を、三社間で譲渡しようとするときは、あらかじめ被控訴人の文書による承認を受けることを要する旨定めていることが認められるのであつて、控訴人が、本件予約契約上の権利を訴外二社に譲渡するにつき、あらかじめ公団の文書による承認を得ていないことは弁論の全趣旨に照らして明らかなところであるから、控訴人と訴外二社との間で、控訴人主張の意思表示により、本件予約契約上の権利について譲渡の合意が成立するものと解することができるとしても、控訴人は公団に対する関係において、この効力を主張することはできないものというのほかない。

〈証拠〉によると、控訴人主張のとおり、公団は、三社から、右三社間協定の内容を記載した書面を提出させ、これによつて右協定の内容を了知したにもかかわらず、右協定の内容について特段の異論を述べることはなかつたことが認められるが、既に三社間協定において、譲渡価格及び条件については三社間において協議の上決定する旨定められていること、本件予約契約及び本件賃貸借契約において、譲渡については、あらかじめ書面による公団の承認を要する旨定められている点に照らすと、三社と公団との間においては、三者間で譲渡について協議が成立し、これに基づいて公団の承認を得ることにより、譲渡による権利移転の効力が生ずるものとされていたと解するのが相当であり、公団が、右協定書を受理し、これに対して異議を述べなかつたことをもつて、控訴人主張のように、文書による承認を要する旨の定めを変更した趣旨と解することはできない。

また、右のように、譲渡につき事前の承諾を要する旨明定されている以上、共同賃借人間の持分の譲渡であるとの理由のみをもつて、当然に、承諾を要しないとすることはできない。

よつて、右抗弁は理由がない。

7  同抗弁(三)(本件予約契約関係からの脱退)についての判断

この点に関する控訴人の主張事実中、昭和五一年五月六日ころ、控訴人の専務取締役榎本正巳、横浜支店長杉山滋及び港湾部長西川高正が公団の理事長高林康一及び理事山添鍈一に対し、本件予約契約関係から離脱したい旨申し入れたとの事実は当事者間に争いがない。

しかしながら、本件に現れた全証拠を検討しても、公団が右申入れに対し承諾を与えたものと認めるに足りる証拠はない。

当審証人榎本正巳の証言中には、控訴人の右申入れに対し、高林理事長が、「よく分かりました。」と答えた旨の供述があるが、既に、抗弁(一)、(二)について判示したところによつて明らかなとおり、控訴人が、本件予約契約関係から離脱するためには、訴外二社との間で本件予約契約上の権利の譲渡に伴う権利関係を明確化する必要があるところ、控訴人と訴外二社との間では譲渡価格及び条件等について協議が調うに至つていなかつたのであり、本件予約契約が、多額の資金投入を伴う契約関係であつて、控訴人の右申出を認めることの結果の重大である点を勘案すると、右証言のとおり、高林理事長が、「よく分かりました。」と答えたとしても、右発言は、同理事長において控訴人の意向及びその間の事情に関する控訴人側の説明を誤りなく理解した旨を表明したにすぎないものと認めるのが相当であり、これをもつて、本件契約関係からの離脱(契約の解除又は権利の譲渡)の申入れに対し、承諾を与えたものと解することは到底できないものというべきである。

よつて、右抗弁もまた採用することができない。

三以上のとおりであるから、本件控訴は理由がないものとして、民事訴訟法三八四条によつてこれを棄却するが、被控訴人が当審において、請求の趣旨を金一億三四三〇万〇四五三円及び内金七六八三万三三三三円に対する昭和五三年三月二五日以降完済まで日歩五銭の割合による金員の支払請求に減縮した結果、原判決主文第一項中右請求を超える部分は効力を失うに至つたので、その趣旨を本判決主文中で明示することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官近藤浩武 裁判官川上正俊 裁判官渡邊 等)

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